持病と信仰

自分は2016年3月に診断されて判明しましたが、

・抑鬱

・注意欠陥障害(ADD)

持ちです。

 

 

先日やっとサインバルタ(SNRI系)カプセル

の飲むのをやめたあたりです。

まだ、メイラックス(安定剤)とストラテラ(ノルアドレナリン再取り込み阻害剤)は飲んでいます。

 

 

抑鬱、ADDと診断、発覚した当初2016年、

 

本当に何しに東京に越してきたんだろう。

何しに奉仕しているんだろう。

何しに人生送っているんだろう。

 

と泣きじゃくっていました。

 

 

大阪から出るとき、「主がお入りようなのです。」「都に上っていきなさい。」と言葉を受けたはずなのに。

 

という気持ちと、「よくも父と同じ病を寄越しましたね!」
という感情で支配されていました。

(今でこそ許して、悔い改めていますが父も抑鬱で仕事ができなくなり、私よりひどいADHDです。いつか健やかになると信じています。)

 

 

でも全て、神様はご存知で、これらの抑鬱、ADDも当事者でなければ苦しみがわからない。ということが発覚して心底わかりました。

 

必要だから許された病なのだと。

 

 

病ゆえの、耐え難い事象や、状況が諸々許されますが、イエス様が受けた十字架に比べれば大したことないですし、何よりこの病気持ちということを通して、同じ病の方の気持ちがちゃんと理解できる。寄り添えるということが。

 

 

神様のお考えは広く、深いですね。感謝します。(*´∀`*)

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